(最寄りの病院を)
以前から、3か月ごとに免疫系の補充療法で、通院(3回に分けてなので3連日)が必要だったのですが、最初は遠くの大学病院に通って、距離的な問題からごく近いA私立病院に変更してもらったのですが、担当医師がいなくなるということで、車で30分ほどの別の自治体(市区分の町)のB私立病院(元町立病院)を紹介されて、通っていました。
3か月に3日であれば、当初は本人が車で通ってましたし、免許返納後は私が送迎したのですが許容できる範囲でした。
これが最初の失敗で、普段お世話になっている病院がそのB私立病院(元町立病院)になってしまうので、(弱って風呂とか入ってないし)肺炎で弱った病人を車で30分かけて診てもらうということが非常に難しく。より弱った体調不良時には、救急車でしか対応できなくなります、お世話面会も大変です、最短距離でない病院を利用するとデメリットが後々大きく出てきます。
大学病院からごく近いA私立病院を紹介されているので、患者の利便性を考えて最寄を選ぶというのは通常考慮されることなのですが、近いA私立病院から遠い私立病院を紹介という流れには、立地が良くなくガラガラの病院を紹介して埋めたとか金銭的なやりとりがあったりするのか知りませんが、患者の都合でなく、医療側の都合を優先して患者側に不利益を被らせたものです(紹介時何があったのかは知りませんが、B病院の記録では紹介理由は特になしでした。専門的な理由なのかと思ってたら、補充療法も近くの市立病院でできるとのこと)。
将来ある入院時利用する最寄りの大規模病院を決めておき、そちらに集約化しておくのが正しい選択になるようです。
このケースでは、A市立病院から紹介されたときに、言われるままでなく遠方でなく最寄りの市立病院にしてくださいと希望を言えていれば30分の移動が数分で済んで、より負担を小さくできたはずです(悪いのは、遠方の病院を平然と紹介先にしたりできてしまう制度・医者ですけど)。(難病指定だったり高齢でこれまでの病歴も関係して)病院を移る場合、紹介状というものが必要になるそうです。
(中等症での救急車の利用)
補充療法を終えて本来は調子が良くなるはずの年末ごろ、咳き込んで父が調子を崩しました。食事をして寝込むという感じで数日、呼吸がつらいという感じ、一か月以上風呂に入らず、食事をして寝込むという生活をしていて調子が戻ったら風呂に入って診てもらうという姿勢で様子を見ていたのですがその機会が来ません。フケだらけで服装が整えられないのを見かねて親類が病院に連れて行くと言い出して2か月ちょっと経って診察、「肺炎」と診断されて即入院となりました。もっと早く診てもらったら、抗生物質を使うなど対処で回復が違っていたかもしれませんがしょうがないことです。慢性的な誤飲性肺炎?前から肺の一部に白い箇所があったとのこと。
極力病院を避けたかった事、車での距離があること、これまでここまで重い肺炎はなかったことが影響しています。(初回入院期間45日)3月半ばに退院となって、数日で再入院(再入院期間45日で退院ぽい流れ)となるのですが、その時に救急車を利用しました。
ここでは救急車の話なので、話を絞りますが、本来いつ使うべきだったのかは、咳き込んで調子を崩して回復を待っていた時に、救急車を呼んで診てもらっておそらく入院という流れにするのが正解だったようです。風呂に入って清潔にしてから着替えて受診するという通常時の姿勢で構えていたのが優先順位を間違えてました。救急車はもっと手軽に困ったら利用してよかったみたいです。もし、車数分の最寄りの市立病院がかかりつけだったならもっと気軽に自分で連れて行って診に行けたはずなのですが、これもしょうがないことです。
もちろん、欠点もあって、「119」にかけると、(※記憶があいまいなので内容は参考程度に)名前と救急車の送り先を聞かれるんですが、送り先は病院名かと思ったら救急車を向かわせるこちらの住所で、オペレーターの人は、秒を争う大事故(心筋梗塞・脳卒中の対応)の扱いで対応するので住所がわかった時点で、救急車を向かわせてます。一方的で、相談する暇は全くなく駆け付けるので、こちらとの温度差が激しいです。受付電話の後に、すぐ救急車の人が電話をくれるのですが、外から小さくサイレンが聞こえもう近くに来ていますという感じで、ゆっくりでも大丈夫ですという言葉を出すタイミングは無いです。マニュアルで、サイレンを鳴らさずに来ることはできないらしく近所に丸聞こえで知られずにという要望は通りません(現場発で鳴らすタイミングを遅らす調整程度は可らしい)。これが無料の救急車を利用する代償と思っていいようです。
相談したい場合は、「#7119」に電話だそうです。
体育会系の訓練された男性隊員3人が、ベットの病人を担架で連れて行くことになるのですが、こちらの直ちに命の危険があるわけではないという状況は関係ないらしく、切迫した患者と同じ扱いで連れて行きます。
救急車内で、検査的なことをするようですが、意外なのは、外傷がないかでDVの可能性がある部分はしっかり報告する義務があるらしく当日できた転倒による小さな擦り傷も病院のほうで事情を聴かれました。
近所でも、タクシー代わりに救急車を利用する高齢女性がいたりするそうなのですが、こういう軽症で救急車は呼ばないでくださいという事例は、周知されていますが、1割の重症だけでなく、4割の中等症「生命の危険は無いが、入院を要するもの」は、救急車の通常業務なので、肺炎で弱って風呂に入って着替えて受診できない高齢者のケースであれば、頼ってよかったみたいです。
(入院患者には世話人が必要)
入院するとなると、入院のマニュアルを渡されて、入院に必要なものをレンタルなり買い揃えて持ち込むなどの用意が必要になります。細かいものは、セットでレンタルというものがあり多くはそれを利用します。病院側も慣れたもので、看護師の人たちがお世話してくれて、コロナに関係して面会は予約制となっていたり、患者家族はやることやれることが少なくて済みます。
任せっきりでいいと思っていたのですが、久しぶりに面会で様子を見に行ったところ、3月の寒いころで室内空調はありますがレンタルの部屋着で(建物が古く)窓際など場所によっては寒いのではないか患者によってダウンみたいなものを羽織っていたり結局普段使っているインナーダウンをもってきてほしいと言われて持ってきましたし、毎日使っている電動歯ブラシのブラシがめちゃくちゃ付着物で汚れていて洗面場で洗い落としたり、新聞雑誌の更新、ケータイ・髭剃り・電動歯ブラシの充電、レンタル以外の洗濯物、買い出しなどやることがたくさんありました。結局、看護師側でできることには制限があり、親族でないとできないお世話があるので、コロナの面会禁止というのは結構無理がある状況だったのではないかと思います。本来、入院すると頻繁に知人が来てというのが昔からのスタイルでしたが、(SNSもあるし)事情があれ大きく変わった気がします。毎日なり、2-3日ごとに世話人が会いに来るのが理想的に思います(やはり、入院は最寄りの病院でないといけない)。病院の方でも、面会が予約制から従来の制限なしになる動きもあるそうですし、予約制の面会となっていても入院用品の持ち込みついでに面会していく・電話で要件があるらしいで飛び込みで面会が許可されたので世話人の必要性は、本来的にはあるようです。
(ビジョンをはっきりさせて、その場の流れに流されない)
退院後、3日ほど訪問看護の方にお世話になりました。祖母の時は、末期高齢者になっていたので、医師や看護師が訪問してくれて今のまま看取りましょうという方針だったと思うのですが、祖母が暇そうにしている以外、特にトラブルもなく亡くなりました。
今回も同じ調子かと思ったら、淡の吸引が定期的に必要というのは叔父の時と同じで、検温して熱があり肺炎の再発かもしれないと少量の解熱剤を使ったり37.0℃で騒ぐ必要がある(一時的な発熱はよくあるものらしい、疲労?)?という感じで、一度、診てもらってくださいで3日目に受診に行きました。先生曰く、37.0℃くらいだと気にしなくて大丈夫です的な感じで温度差がありました。安心したところ、帰ったら40.0℃近くの高熱が出て、唇が紫だったり、手が震えるなりして驚いたのですがすぐに何事もなく落ち着いたのですが、当時の通院時に、玄関先で足取りもしっかりして取っ手も握れてるので大丈夫だろうと少し目を離したらゴテッという音と共に転倒してしまいました。弱った患者は筋力が落ちていて、取っ手を握る手が支えられず握りが外れてしまうというのを知りました。大丈夫そうというのは動きだけで、弱った患者は通常ではないので絶対に目を離してはいけないのがわかりました、必ず転倒します。肘をこすって手から軽い出血だったので大したことは無かったのですが頭を何かしら打っていて、一時的でも、唇青く、手が震えるのは脳出血関係ではとても手に負えないと不安が抑えきれず、訪問看護の人を呼んだのですが熱が高いということで再入院させるという話になり、自分では扱えず救急車を呼ぶという流れにしてしまいました。その後、病院の応急室で、本人はなんで送られたのか自覚もなく、自分の判断は正しかったのか引っかかるものがありました。それから再入院だから短くて済むと思っていたら再度入院手続きが必要で、同じ入院期間が過ぎて退院となりそうなのですが、再入院から食欲が落ち始め、痩せがより目立って本人の入院体力限界が見えてきたこと、手の内出血がめだったり、熱はなくとも淡の吸引が多かったり(寝たきりによる筋力の低下のほうが影響しているように思えてしまう)と方向性がおかしくなりました。初回の入院で抗生物質治療はやっていて、より強い抗生物質でとなっても誤飲性が根本で同じことをやるだけなので退院を楽しみにしていた患者には悪いことをした気がします(ちなみに、通常の肺炎入院は1-2週間程度とのこと、補充療法もやってもらってます)。
誤飲性で食事を細かく切ったものを病院で出されて食べているのですが、家では本人の希望もあり食べたい普通のものを食べることになり、肺炎を回避するため食事に制限というのはできないので、慢性肺炎となっても自宅で過ごすということに落ち着きます。自宅のほうが体力を戻せますし、つまるところ、訪問看護師の話に同調せず、様子を見て、再入院がどうしても必要というまで我慢したほうが良かったのかなと思っています。結局、初回退院後と2回目退院後では、同じ自宅回復を目指すわけで余分なことをしてしまった気がしています(再入院が正しいと判断する人も多いでしょうけど)。
(未確定)専門性の高いものに素人が巻き込まれると興奮状態で冷静な判断が下せなることはよくあると思うんですが、普段冷静なほうだと思う女性親類が、B病院は評判が良くないから遠くの大学病院(片道1時間)にしたらいい(母も賛同)と言い出して、大学病院に相談電話をしだしてストレスからくる思い込みで冷静さを欠いていました。補充療法で対応しているのに大本の大学病院は専門科があるから最新で別の方法があるはずという勝手な期待をしだして、B病院でも先生が距離も遠いし、治療は同じという説明を全く飲み込まず、一度やってみたいので紹介状を書いてもらえますかという話をして、先生も断りはしないけど無言でしか回答できないようなことをやるし、車での長距離は遠方に住んでいるのに自分が運転するから大丈夫とか看護タクシー(通常タクシーで片道2万円)を使えばいいと補充療法で連日通院するのは相当大変で、患者本人の負担もごく軽く見ていて、~かもで相手に電話して手間をかけるし、反論すれば食ってかかるし、本人が躁状態で電話や直接の会話を希望してくるのですが、あまりに周りが見えておらず非現実的で、(ラインで)あきれて無視という扱いを久しぶりにしてしまいました。痩せていく親と何もできない高ストレスで浮足立つと、周りからはこう見えるようです。