30年位の自宅の物に対する姿勢変化でわかったことは、溜め込む姿勢(思考停止)は窒息してしまうということです。
広い敷地と多くの小屋があり、物を置くスペースが恵まれていたため、廃棄すべきごみでなく何かに使えそうなものは取っておくという姿勢で、迷ったらとりあえず小屋に保管しておくということをやっていました。これは戦中戦後の物のない時代を生きた高齢者の多くがやることであり、それに影響されてのことです(昔の事情としては、必要な人に無償で譲るという善意もあったはず)。実際、後で役立つこともありますが、物が豊かになり入ってくるものが多くなると、スペースは有限であり、小屋が物であふれかえって満杯になるということになります。
物を捨てるというのは、その物の価値を見極めて将来役立つかどうか考え処分するかしないか判断する必要があります、価値があるのに捨ててしまって後悔(損)するのが嫌で保留にするのはリスクの面からも自然なことです。捨てる作業をすると、物に伴う思い出が出てきて感情面が揺さぶられることもあり、価値の見極めと思い出の揺さぶりで、相当に疲れます(頭脳疲労)。経済的な価値だけでなく、思い出の品の価値も測るので単純なものではないです。
理性的な思考ができないと、自分の所有物の中から明らかな無価値以外、わずかにでも価値のあるものから不要なものを選別して処分するというのは高度でしんどい作業で容易にはできないのです。
建売住宅の大学生の友人の家に行ったら、小学生時代の教科書とかそれに関連する思い出の品々がリビングから見えて、そういうものが捨てられないんだなと察しがついたのですが、捨てることをしてさっぱりした空間は、現在の居心地を良くしますし、将来の物を受け入れる準備でもあり非常に前向きな気持ちにさせられ良いものです。大きな小屋があって一式そちらに保管することができるのであれば弊害は少ないですが、狭い戸建てで思い出の品を残しながらというのは空間的にいっぱいいっぱいで生活することになるので良くないです。大切にする物の比重が違うのであれ、必要な空間の確保のためには一部の残すべき思い出の品を除いて処分すべきです。過去が、現在と将来に負担をかけるのは間違いです。
思考力が高い人ほど処分でき、思考力が低い人ほど処分ができません。
デカい家に住める金持ちは収納能力が高いから目立たないだけという面は多分にありそうですが、ゴミ屋敷の住人、物が捨てられない汚部屋人は思考力が低く。常識的健全そうな家は物が整理され物であふれかえらない思考力が高いという傾向はあるはずです。
偏見・差別的なことでなく、病んでたり能力的に手が回らないとか理由があって、処分という重作業が後回しになっていると思えます。手入れされていない庭の住人が、何かしら問題を抱えている可能性は高いと予想するのは自然なことです。
私の場合、引き継いだ満杯状態の小屋で、当初は棚を追加したり抗ったのですが、行き着くところ処分しか方法がなく、処分をしてみて処分の価値がわかり、最終的には残すべき思い出の品(歴史的なものは)は小屋の一部にまとめて残しましたが、ほか、価値のないものはほとんど捨てました。歴史的に残したほうがいいのではないかというものは沢山ありましたが多くは捨てました。地元の民芸博物館の学芸員の人に見てもらったりしましたが、同じようなものがすでにあり、一部持って行っていいかもという感じでしたが結局音沙汰なく、こちらで処分しました。その程度です。
軽トラで、業者の様に一日数回や連日、可燃・不燃の処分場に定期的に持ち込んでいたのが懐かしいです。










そうして、空間を作り、電気配線など整備して、近代化させて今に至ります。
その一通りを経験しての結論として、処分というのは物の代謝で不可欠ということです、やってよかった。代謝であって、入って出るのであり当然なのですが、実感してわかるものです。
そして、現在は物が多い時代で、入手が容易で多種多様の物が手に入ります。昔は、代謝が緩やかでしたが、今は激しく相応に、処分も頻繁に行わないと詰まりが起きてしまいます。そうした社会の変化に伴って、処分の方法も多様化していて、PCであれば、廃棄処分以外にも、店舗PC買取から始まって、ネット上のヤフオクが加わり、メルカリとネットサービスで売却処分ができるようになりました。価値がなくなって処分でなく、価値があっても他の製品に買い替えて移ることが多く、匿名手軽に処分ができる環境が整っています。
近所のリサイクルショップを利用すると売り上げの3-4割の手数料がかかり扱うジャンルが広く身近ではあるのですが、購入者が地元に限定されたりと不満点が多いです。
有店舗のPC中古買取であれば手数料相当込みの買取値段はCPUとか流通性の良いものは自分で売るのと比べてそれほど悪くないのですが例外で、例えばスクーター・自動車のの処分は購入価格の2-3割で売れればいいほうです、また店舗に持ち込んだり不満点はあります(委託処分としては有力)。詳しくないですが、オタカ〇ヤなどの買取チェーンが盛況なのは、関わらないですが儲かる何かがあるはずです。
ヤフオク 以前はヤフオクしかなく、買取ショップで扱わない小物が処分できたりと自由度が広がり、よく使っていましたが、匿名でないこと、オークション形式で時間がかかることなどでメルカリより使い勝手が悪く、処分で使うことはまずなくなりました。


メルカリ 売り側が10%の手数料で買い側の負担は無し。メルカリ匿名配送であれば匿名取引が基本。コンビニなどでアプリ簡単手続き、専用の梱包の用意があるなど、取り扱う商品も幅広く自宅の不用品の処分先として重宝しています。お店が決めた買取価格で処分でなく(取引が成立すれば)自分で決めた価格に送料+手数料が引かれるだけなので金額に不満なく売り出せます。買取処分より簡単とはいえ手間と時間がかかるのを楽しめればやるべきだし、時間の無駄だと思えばやらないほうがいいです。一度やればメルカリの簡単さがわかります。
ネット取引は、ヤフオク(オークション)で始まりましたが、メルカリ(フリーマーケット)が不満点をほとんど解消して完成させた印象です。
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今後、時代が戻ることは無いわけで、メルカリでの処分というのは、物の代謝の処分の必要なインフラとして今後も活用されると思います。活用すべきです。
(備考)
断捨離の本は読んだことなく、テレビ番組は親が好んで観ていますが、そういうことだよなと内容を見ると思ってしまいます。こんまりのベストセラー「人生がときめく片づけの魔法」は読んで少なからず影響を受けましたが、現在アメリカで活躍されていて配信内容を観ると、テクニックでなく本質的にはメンタル(スピリチュアル?)な方向が本来だったらしく私のような男性とは違った方向になった印象です。