何やら難しい内容ですが、他人の行動を理解する上で非常に役立つ情報になります。
昔、退職後の教育訓練制度でFP(ファイナンシャルプランナー)資格の講座を座学で2-3ヶ月ほど都心の通学で受けたことがありました、受講料は無料、受講中は失業手当期間が延長されてお金が振り込まれ続けるという美味しい制度を利用していました。経歴様々な失業者が25人ほど集まり、男性のほうが少数という比率でした、基本的には東京区民の人が対象で落ち着いた人が多く居心地は悪くなかったです。6科目を1講師2週間で集中してやる感じで、結構詰め込みです。集中講義が終われば御礼の飲み会みたいなノリなので組織とはそういうものかもしれません、私はほとんど参加しなかったのですが、そんな感じでした。
男性7人ほどしかいないので、昼休みのランチを3-4人で行く、多少入れ替わりという感じで過ごしていました。その中で、Aという二十代前半の若い男性が問題になります。まず、最初の自己紹介として教壇に立ってこれまでこんなことをしていましたという軽いスピーチを全員でやるのですが、積極的に最初にやりたいですという感じでやっていました。話を終えて、好きな球団は◯◯。お気に入りのお店は、どこどこのラーメン屋、どこどこのハンバーグ屋です。という内容が、最近九州からやってきてそんなお気に入りのお店ってある?というのが最初のわずかな違和感。
(※数日ランダムな座席シャッフルがあってが正しいのですがそこは省略)
翌日、席は当日自由に選べるのですが、初日からAの定位置は教壇の真ん前の最前席でその隣に座っていたBが私の隣に座って来て、私としては後ろに年上の男性2人(30-40歳男の集団)でいますが、単身だったので助かったのですがどうしたのかと聞くと、「Aはちょっと…」という濁した感じでしたが、どうも、Aの他人の悪口・陰口ばかりが嫌になったようです。
暫くの間、昼休みのコンビニで出会っても年上ということもあってかAはこちらを恐れるような感じで距離があったのですが、数回ランチを一緒にするようになって、やんちゃな感じだけど悪い奴ではないという印象でした。ただ、Aの年齢にも近いが浮いた感じのCをからかうような、辛く当たる感じは気になっていました。
出身は、九州。最近、東京に上京して来たそうです。中卒とのこと。
昼休みや講義中の会話を思い返すと、「BMWの整備士の知り合いがいてドイツ語を覚えなきゃで大変だって言ってました」「訪問販売員をしている時に、幼稚園長に気にいられて大量の卵をもらって困りました」「休日、知り合いとカラオケしてオール(徹夜)して大変でした」「父親は建築士で、子供の頃、家族で公園でかけっこしたりしてました」
たしか、兄弟も聞こえの良い職業についていて、なぜその環境で彼だけ中卒で毛色が違うのかはツッコミたくなりました(何も言いませんでしたが)。
やり取りで気になったのは、模試でかなり酷い点を取ったらしく、「俺中卒なんで」と言ったので、カバーのつもりで、(確か試験日と近く)カラオケでオールとかしてるからだよと言ったら、通常、笑うなり好印象な反応が返ってくると思ったら、ムスッとして不機嫌そうに自席に戻ってしまったので、どういうこと?と予想外の反応に戸惑いました。
講義も中盤になると人間関係も定まり教室も落ち着いてきます。そのなかで、AのCに辛く当たる傾向は目立っていましたし、結構第一人者っぽい立ち位置の講師DというADHDの傾向があるだろうなという少し癖のある方が受け持った時に、不動産法をやる前に民法を超早足で初日講義したのですが事前に説明がなくクラス全員がこの先生は大丈夫なのかと不安になった時がありました(私は宅建持ちなのと不動産鑑定士試験の民法を一通り受講したことがあったので、民法が原則で特別法の不動産法が例外の都合、下地づくりに必要(実際のところ、省いても学習に支障はないです)なものだとわかる)。その時の休み時間に、座った講師の真後ろをAが通る時に上から両手で人差し指を向けてからかい・のけ者にするような行動を率先したので、場当たり的で気分の良いものでなく失礼だからやらないで欲しいと非常識さに呆れました。
その辺りから不可解さ異常な行動が目立つし、おそらくAは何かしらの精神的な病気だろうなという予想ができたので、好奇心・自分の身の安全から興味が湧きました。Cに辛く当たる傾向、自分より下だと思った相手にいくらでも強く当たれる性格とは何なのか、それが一番強い印象だったのでその特徴から病名をネットで探したんのですが、「自己愛性人格障害」というのがでてきました。これっぽいなという感じで、詳細を読んだのですが、、「基本的に話が嘘」という項目があったりして、Aは友達も多いし流石にこれはないわという感じで終わりました。それから、1-2週間して何か引っかかるなという気持ちでいたのですが、「Aは最初から最後まで話しを作っている」という前提で考えたら、Aの行動思考が理解できるようになりました。
(以降、私の思い込みと偏見が含まれますのでご容赦願います)
まず、中卒ですが、これは履歴書として講義担当側・失業保険機関に把握されているため経歴を偽ると容易にバレてしまうので、噂で伝わる前に自分で伝えるという方法を選んだのだと思われます。通常、黙っていれば誰も気にしないと思うのですが相当な後ろめたさがあるためと思われます。
中卒になる家庭環境というのは、今だと非常に稀(約5%)です。おそらく、親の社会性が破綻している可能性が高いです。そうなると、近所のコミュニティからも隔離された家庭環境です(親身になれば。最低限高卒にはなっておけと言われるはずです)。その環境で育つと、地域的なつながりがないので他者に嘘をつく、信用されなくなるという欠点が希薄になります。そして、地元に残るメリットもないので上京(遠方にでてくる)という流れが考えられます。
後述、「葬式で親類から大麻を購入しないか誘われました(笑)」という、本物の本人の実家の出来事っぽい話からして、大まかどんな家庭環境か想像ができます。
上京してから、話を作ることになったのででなく、常習性があったのだと思われますが、他人から嫌われる阻害された経験から作り話をするという習慣(虚言癖)がすでにできていたと思われます。
「最初の印象は良い人すぎるくらい」という特徴があるようなのですが、設定やら何やら考えた上で、講義初日を迎えて、好きな球団だったり、好きな外食屋を考えていたはずです。なぜ野球なのかは、チームプレーとして印象が良いからなのかと、受けの良さからっぽい。
事前にこれを話すと決めてから話す場合と、講義の途中に講師の話に乗っかるように話す場合(幼稚園の卵)があるようです。そして、どれも、周りを安心させ欺くための作り話で、知り合いが多い、仲が良い、気に入られたという極短い話であり、会話として更に突っ込む(矛盾点を指摘する)と、黙ってしまうということが頻発していました(本人の創作能力の限界)。また、通常、出来事として昔経験した話は、思い起こして出すというシンプルなものですが、創作だと、話を作って出す都合、整合性チェックなどで処理に時間がかかるらしく過去の出来事の会話のレスポンスが遅れる特徴があります、事情を知って注意深く観察すると、創作しながら話をしているのがわかります。思慮深い人の会話にも近いですが、内容の質の違いで別物とわかります。
演技慣れしているせいか、他人に講義内容を教える時には職務経験があるのかという感じで堂々と喋れるのが特技になっているようです。
普通の人は、嘘を付く必要がないのですが、本人は上手に嘘がつけて騙せる自分はすごいという優越感があるようです。
友だちが多いはずなのに、休憩時間は外に一人タバコを吸いに出るというのが習慣化しており、現実の彼とギャップがあります。
ただ嘘が上手い人であれば、浅く付き合って無害なのですが、問題は、
(本人の問題として)最初から全て嘘で関係を築いてしまうと、人の能力のリソースの殆どを、嘘をつくこと、嘘をバレないようにすることに使ってしまい、抜け出すこともできません。建設的な学習・思考ができなくなり成長のない場当たり的な生き方しかできなくなります。
嘘の弊害は想像より大きい。※昇華して武器にする人もいるでしょうけども(向田邦子 「私は嘘つきだ、他人を喜ばす嘘をついてきた。今後も続けていきたい」原典不明)。
この点、ショーンKはどうなのと思いますが、容姿が良かったり、能力が高いと問題なく社会に溶け込む場合もあるようです、詐称バレちゃいましたが。工場でも、同じように中卒で作業レベルでは仕事はできる感じでしたがAとよく似ていた人物は思い当たります。
次がより問題で、
(集団の問題として)、我々からすればどうでもいいのに嘘という爆弾を抱えているため、常にバレるという不安が付きまといます。この不安な状態は、人間関係が安定した状態でも残り続けます(逆に、平和な方が細かい齟齬に注意が向きやすいかも)。この不安が和らぐのは、集団の中でのけ者を作ることで、そちらに注目が移ることで自分への注意が逸れて気が楽になるようです。そのため、なにかしら問題が発生すればそれを理由に率先して、のけ者・いじめをするというのを好みます。嬉々として好む上、視野が狭いので、さっきCを対象にしていたのに、今度はDを対象にするというということを平然とします。躊躇なく対象を変えるところに、周りには異様に映るはずです。(このタイプが2人揃ってしまい意気投合すると非常にたちが悪くなります)

人の人格形成は、安全な環境・社会参加など当たり前のものが揃って出来上がるもの(マズローの欲求5段階層説)ですが、家庭環境(親)が異常だとその土台の形成が歪み後からの修正が効かなくなります、自分の身を守るなどの根源的本能的な部分(安全欲求を満たせない)に囚われ続けて、爬虫類のような本能のみで生きるような場当たり的な人格(親に似る)ができるようです。爬虫類と同じく低能・本能的な思考になるので、爬虫類に個性がないように、障害の詳細を見て行動しているんじゃないかというくらいそのまま類似するのも特徴です。凶悪犯罪の裁判で、被告は(今だと)自己愛性パーソナリティ障害の傾向がありという感じで登場することがあります。他では、すれ違う集団が「自己愛はやばいんだって」という会話をしていてそういうものなのかと中高時代の記憶に残った程度です。
より実用的な「自己愛性障害」という被害対策情報が巷にあれば、こういう人は気をつけようという有益な情報になると思うのですが、それが広く知られると、人格障害者を追い込むことになり社会の受け入れ先が無くなるという都合で放置されているように思えました。人権的な配慮です、以前はその有害性攻撃的な面の情報もネットで詳細があった気がするのですが、受け入れましょうという内容が多く、今調べて歯がゆいものがあります。ただ割りを食うのは、何も知らない職場の同僚であり被害者も生まれます。知っておいたほうが損をしません。運営側は、プロで面接も日常的にやりますが、自己愛性人格障害というものはフィクション的な理解度しか無いようでした。表面的な部分が崩せないと本質的な部分は見えないようです。
劣悪な環境で、自分の身を守るため(超短絡思考ではあっても)最善の方法として「嘘をつく」という方法を選んだわけで異常ではないです。これが、人格障害(ハードは正常だけどソフトに問題)、精神障害(ハードに問題)という違いのようです。
ということで、自分を守る(防衛する)ために他人を攻撃してしまうのですから注意されただけで止めることはありません。自己愛性人格障害は、弱い自分を守るために周りと問題を起こしてしまう障害という理解でいいようです、※AI回答で簡素に表現すると、「自分を過大評価し、他者を軽視する傾向が強い人格の特徴」だそうです(自己愛 末路)。自己愛は、男女共に存在しますが女性は比較して目立たないっぽい(社会的身体的な立場が関係?)。距離を取るというのが一番の対処法らしいです。
※7人の男性の中で1人。特定の相手と会話はあっても最初から群れない元ホテルのサービスマンの独身男性(飲み会もでない)がいたのですが、当初それが賢いと思えましたが、それはそれで成長がないようにも思えます。適度な距離を持って相手を見極める役回りがある気がします。ただ、自分のこれまでを振り返ると、おとなしく普通の会話ができる人以外は、視野が狭く自分のことしか考えられない身勝手な人という感じでうんざりするのがほとんどです。結局、関わらないという事で落ち着くのかも。
他の人格障害は未だ理解できないのですが、自己愛性人格障害は実物と障害の詳細を知って、あくまで一例ですが、仕組みが理解出来るようになりました。これは、真っ黒な極端な例(無差別殺人犯と比べるとぬるい)ではありますが、我々の心理の中身として程度は違えど同質なものがありその面を自覚すると自分の行動が恥ずかしくなります。質の悪い学生(自分)が社会人と会話すると不満や批判程度しか話題がなく当時、印象悪かっただろうなと思い起こされます。思い浮かぶ意地の悪いやつ頭の悪いやつの行動に同じような仕組みが働いているのも想像でるようになります。結局、自分の身を守るために他人を攻撃するというのは、アメリカという国が他国を攻撃する理由として実際使われて身近なものです。自分の過去を振り返って、執拗に攻撃してくるタイプの異常っぽい人物の動機としては、これだったのかと納得できます。というか、自己愛を理解してないと、執拗に攻撃する人間の動機は理解できないと思います(全部ではないし、集団だとわからん)。
例えば、自分がすごい良い場所に住んでいて、相手がすごい悪い場所(遠方)に住んでいたとして、自分は全く気にしていないのだけど相手からするとすごい悪い場所に住んでるくせに(笑)というような攻撃を想像してしまうわけで、ノホホンとしている自分が攻撃対象になるというのはありえます。これは恵まれた人間が恵まれない人間から嫉妬されて攻撃されるという構図の一例です。自分が攻撃されるとこちらの落ち度を考えてしまいますが、実は相手の事情が深く関係している場合が多いように思えます。もちろん、相手選びは、口実が作れる狙いやすい相手が選ばれます。
いじめ問題を考えると、ここまで掘り下げないと解決できないと思うのですが、暴力には暴力(相手による。筋トレで身体を大きくしてマイナスに働くことは一切ないはず)、教員の受け持ち人数の低減、相互監視の効いた教室など、全般で少しずつ改善しているので執拗に拘る必要はないかもしれません。また、集団の中で危険な奴が特定の人物を狙うことで他の集団員は狙われないという安心感・恩恵にちかいものがあるので周りが助けてくれるという期待はしないほうがいいと思います。
親の社会性のなさが子の自己愛に関係するのですが、これは甘やかされた社長息子にも当てはまります。社会のどこにでもいるとも思うのですが、犯罪被害に遭った時に賠償能力がないなど関係して、できるだけ高学歴の世界に近いほうが遭遇率は低く安全とは言えると思います(どちらも嫌すぎる)。あくまで確率の話です。
視野の広さ狭さに注目すると、狭いと早熟タイプになり、広いと大器晩成タイプになります。狭いと濃く、現象のみ見て、結婚も早いです。優秀な人は現場に特化したプロ職人で活躍(有名歌手とかのプロ志向による高卒も基本は同じ。成功例だと高校時代の美人(結婚は似た者同士でくっつくという事実は大事)を嫁にして子沢山というケースがありますが、高卒のまま20代前半のピーク以降父親として目立つことがなく、多くが消息が消えるという感じ。広いと薄く、現象と形而上で見ます、多くが大卒(大学は安全に集団教育が受けられきっかけとなりますが、成長の大部分は、その後の個人としての知識(本を読む、教養本>実用本の価値、新潮文庫をよく読んだけど文庫本の値段は良心的な範囲の値上げ程度に収まってるっぽい教養への配慮はあるらしい、向田邦子の作品を改めて探したところ現在の差別表現に引っかかるらしく廃盤となっていると思ったら新装版で復活していたので基本的に古い作品も問題なく入手できるみたい、テレビ脚本など特殊なものを除いて。公共施設としての図書館の価値が出てきた?)、経験(実際に体験する、PDCA経験学習サイクル)に依るところが大きいです)で晩年にピークがあり結婚は遅れる傾向。若い時、2者が一緒になると視野が狭いと広い人間が行動できないバカに見えますし、広いと自分がわからず晩年になって俯瞰できて納得する気がします。これも確率の話です。
高卒のデメリットは、よくわからないので他人に任せるのが習慣化します(無防備になる範囲が広い、人による面も強いけど)。高卒しかいない家庭だと、誰もが他人任せなので熟慮した決断ができない(騙されたや、借金というワードがよく出る)。ごく小さく生きる場合を除いて、否応にも起きる不動産取引、相続など複雑な局面で、結局、自分で考える必要が出てくる(専門家を利用するのも同様)ので下地として大学を出といたほうが有利でメリットは想像以上に大きいと思います。私の私立大学(Fラン)の学費600万円を親は払ったという事実、夜の賭博っぽいバイトに熱中して大学を辞めた人(ロレックスの時計を購入したとかあった)もいましたし、大学での製図とかの作業が苦痛でペンを折るような性格的に大学が合っておらずやめた人(近所の右翼の話をよくしていた)もいたし、いろいろいるとしか言えません。国立大学は4年で約240万円。通信制は約70万円だそうです。放送大学から東大院というのも可能だそうでとりあえず大学卒業資格を持っておくと選択の幅が広がります。(昔からかもしれませんが)今の時代、偏見無く中身を見て評価してくれます、優秀でまともな人材は企業・大学どこも拒みません。
という感じで、Aを理解できるようになってしまい、隠している正体を知る気持ちよさがあったのですが、それが気の緩み(無自覚に調子に乗ってしまった)を招きその情報を使ってAをのけ者にするということをしなかったこともあり、残念ながら逆に自分が教室から追い出される状況(後からあれかと納得したが誤解。人柄からしそういう人じゃないで済むはずが、自分に自覚がなく悪化させた。セクハラ系ではない)になり、Aが率先して嫌がらせをしてくるという異常な相手を理解した上でその対象になるというハードすぎる経験をしました。間近でターゲットになることで、Aが油断して態度がデカくなり素を出し、実家での大麻の話など貴重なものを聞けたのは収穫でした。長いオリジナルの面白い話というものができないらしく、私の話に対抗してか「すべらない話」小籔の話をそのまま再現したものを翌日披露されたのですが(食事仲間全員)どう反応して良いのかわからず面白いの認識がズレているようにも感じました。おそらくAは我々の食事に参加して私の情報を女子集団に伝えるというスパイ行為を自主的にしていたようなのですが、相当に問題があったらしく女子集団から嫌われてハブられる(具体的にはAの周りの女子を移動させて孤立させる)ということをやられて数日欠席するまで追い込まれたのですが運営側でわかっていない人がいて引き止めて留まったようです(復帰されてしまうと、教室は何事もなかったように受け入れるしかなくなります)。その後、私に自覚がなく誤解される言動をきっかけにして、Bが席を離れて私がハブられて、Aも動くしで散々でどういうことかと観察する余裕はありましたが状況的に気力が果てて辞めることにしました。いつぞや「この教室嫌だなぁ」と運営側が呟いていたのは、バカが2人いたためのようです。
辞めた頃は、講義は終盤で1科目残して後は自習という段階だったので、残りの講義は自学習で済ませて試験2週間前から追い込んでやってFP2級は合格しました。辞める時には、Aの話は運営の方とここと同じように話ましたし、試験会場では波長の合う既婚女性同期とたまたま一緒になり情報交換してその後の教室の状況を聞いたり、Aなしの講座の飲み会に誘われましたが断りました。思い出して「うわ~」となることもなく、今とは状況の違う昔の話で、運がなかったで納得していますし自己愛を知る収穫はあったので悪くはなかったです。
自己愛性人格障害の話は、人の心理の根源的な話で、今後も普遍です。
(番外)思い出して「うわ~」となることについて
・記憶の都合、新しい出来事ほど思い出してきついけど、時間の経過で例外なく薄れてきます、下降線。慣れてしまう生き物。(気が重い退職電話なども場数を踏むと、必要なことだからと割り切れ事務的にできるようになるのと似ている、経験的)
・遠藤周作のエッセイ文庫(狐狸庵閑話)で、アパートの下階に住む住人が定期的に昔を思い出してか「あー」と悶え苦しむ声が聞こえるという話を知っているとよくあることとわかる。
・思い出して辛い失敗は、二十代前半頃に作られる。歳をとるほど賢く鈍くなるので運転初心者が新車に傷つける感じ?。無知と経験不足、自分が客観視できていないことによる思い違い・勘違い(周りの同年代も同じ状況だし)など。経験を積んで、30代後半あたりで大人として中身が伴うとすると、大人として扱われ始める成人年齢20歳位の中身は実質子供なのだから、事故が多いのは当然。障害・高校で妊娠結婚したらその現実が続くわけでフラッシュバックより重いのでは?。
・後悔はない方がいいけど、何もないのもよくないはず(自分のやりたいことに向き合わず、後で後悔する話は村上春樹の短編によくある)。大小は関係はあるけどどちらにしろ同じように記憶に残る。地頭のいい人は、上手く立ち回れるものでは?
・大小より、償う機会のない出来事の方が思い出しやすい(もっと大きなことがあるはずなのに、最近思い浮かぶのは、結果的に初対面の高齢者をぞんざいに対応してしまったこと。類することは残りやすい)。40代になると、自分にとってのマイナスだけど、他のことでプラスで終わりにできれば許せるかなという切替ができる感じ。